〜Field日記2003.03.15-16

奥羽山脈マグマの賜物−みちのく湯情(1)

 先々週に続き、JR東日本の10周年キャンペーンを利用して東北へ旅立った。
 一日目、岩手県の県央から奥羽山脈へかけて点在する花巻温泉郷(含む南花巻温泉郷) のいくつかの温泉を訪ねた。
 二日目は、宮城県の南部から宮城蔵王へかけて白石蔵王温泉郷(そんな呼び方があったかな?) いくつかの温泉地を訪ね歩いた。

 

花巻温泉郷

台温泉街入口付近

 指定券がとれなかったので自由席へ並ぼうと早めにいったがすでに遅し。ホームは、人人人。 さすがキャンペーンの三週目ともなると国民の周知となってしまった。 新幹線の車内はデッキまで足の踏み場がないほどのチョー過密状態。 途中停車駅で指定席車両へ移動しやっとトイレにも行くことができた。
 9:20 新花巻に降立ってすぐレンタカーで最初の目的地台温泉へ向かう。史実によれば600年以上の歴史があると いうのに共同浴場がない。普通これほどの歴史をもっている湯場には「・・の湯」とか『大湯」と称せられる シンボル的な共同浴場があるものだが、ここにはそれがない… 日帰り施設「精華の湯」なるものがあったが、敢えて自炊湯治施設の 「鶴湯−冨手旅館」と 「薬湯−藤助旅館」 の湯をいただいた。どちらも中嶋旅館の引き湯みたいだ。

 このあと花巻温泉の共同浴場へ向かうつもりだったが、花巻温泉自体が台温泉の引き湯 ということであれば省略してもかまわないだろう。
 次に向かったのは、花巻南温泉郷。ここは奥羽山脈にかなり近づくのでそれなりに積雪も 多くなる。事実、新鉛温泉のすぐ近くにある鉛スキー場はまだまだ現役で活躍していた。
 一番奥まったところにあるのが、新鉛温泉である。中学生のころ家族でこの下にある鉛温泉に きたときにはなかったところだ。デラックスホテルタイプの一軒宿 『愛燐館』。広いロータリーには 大型観光バスが数台横付けされていた。館内のホールには盆やぐらが常設されていたので、 この近辺の団体様ご用達の施設なのだろう。
 温泉は金鉱跡から湧出しているらしいが、館内にある男女別内風呂が三つ、 二つづつある露天風呂を満たせる量があるかどうかは定かでない。

新鉛温泉の立湯露天風呂

鉛温泉建物全景

 新鉛温泉から鉛温泉『藤三旅館』までは 5分とかからない。
 今日は宿泊客が多いとのことで宿前の駐車場は断られてしまい、少し離れた足場の良くない駐車場へ移動。
 ここへきたのは二度目、子供の頃にきた記憶がある。といっても実際名物の立湯に入ってもそのときの印象とは大分ちがっていた。
 ここも500年ほどの歴史があるらしい。地元ではかなり湯治場としてのステータスを確保しているので ひっきりなしに湯治客で賑わっているという。足を患っている風のご婦人を伴ったご夫婦が入浴と患部とおぼしき部分のマッサージを 繰り返し、繰り返ししていた。
 自炊部にある売店で、腰に手をあて牛乳を飲んでいたら、売店のおばあちゃんが、今度はゆっくり泊においでと誘って(?)くれた。 一泊二日二食付で4000円とのことだ。

 次の予定地、高倉山温泉は、バス停をみつけたがそれらしい施設がみあたらない。そうこうしているうちに 大沢温泉についてしまった。また戻るのもめんどうなのでその分ここでゆっくりすることにした。
 大沢温泉の一般的知名度は高い。なぜなら、テレビの温泉めぐり番組ではよく取材されているからだ。 出発前々日にもテレビ東京で武田鉄也、三原順子らが訪問した番組を放映していた。
 ここは大きく三つの施設で構成されている。デラックスホテルの「山水閣」、茅葺屋根の民芸風「菊水館」、 それと昔からある湯治施設『自炊部』だ。
 それぞれに特徴のある浴場が設置されているが、とくに有名なのは、自炊部にある「大沢の湯」、 豊沢川のほとりにある混浴の露天風呂だ。十代の若者たちが十人ほどはしゃいでいた。他にも十人ほど老若男女が湯を楽しんでいた。 さすが、妙齢のご婦人方には抵抗があるとみえて、夜半になったら入ろうと引き上げていった。

大沢温泉自炊部建物全景

 このあたりで唯一の公衆浴場「ゆうらくセンター」を訪ねて志戸平温泉まで降りてきた。 センター前の駐車場へ車をとめて入ろうとしたら戸締りしてあるので付近の住民に尋ねたところ もうやってないそうだ。ホームページで捜したデータがふるかったのかなぁ、残念だがしかたがない。 少しはやいが新花巻までもどってレンタカーを返すことにした。

一日目

二日目