〜Field日記2002.02.08-11(2)〜 

  

幻の海中温泉求め、式根島へ渡る

 夕べは喉が痛くて痛くてゆっくり眠れてないので、予定していた露天風呂から朝日を拝む計画は断念した。今日は遅い朝を迎え、宿の女将さんに朝食後島内観光をお願いした。

←くんじ山展望台からみる、三宅島

 噴火以来、いまだに島民の帰省かなわず、それぞれ行政の用意した宿舎や知人を頼って離散しているという。噴火は比較的落ち着いてきてはいるが、有毒ガスの噴出がつづいているため、なかなか難しいだろう。そういえば、2、3日前、ここ式根島でも地震があったみたいだ。

神引展望台から新島の白ママ層断崖を望む→

この下にある神引湾には、かって石原慎太郎や石原裕次郎がヨットでこっそり遊びにきていたらしい。ここの展望台が島内では一番高いとこになっているという。

←大浦海岸の岩礁。馬の首に似てない?

ここから見る水平線に沈む太陽が何ともいえない美しいものだと女将さんが推薦していたが、夏場じゃないと、岩陰に隠れ落ちてしまうらしい。

 島内観光が終わってから、どうしても気になる御釜湾を陸路からすこしでも近づけないものか、御釜湾遊歩道を散策してみることにした。途中2箇所ほど無名の展望台があり、立ち寄ってみたが、地形状況もわからないままのアプローチなので、これといった収穫がないまま引き返さざるを得なかった。

御釜 (みかわ) 湾遊歩道にある名も無い展望台からみた御釜湾→

この湾の海底あちこちから熱い湯が湧いているという。大干潮のときのみ、入り江付近に天然野湯を楽しめる個所が露出するというのだが。。。今回の目的であった陸地からの調査は30mロープではとてもとても歯がたちそうもなかった。

 この島にはあまり自然の草花はみられない。島は常に強風に晒されているので、真っ直ぐには育たない。ヤブツバキ・シイ・カシ・その他常緑樹が絡み合って生い茂っている。下草も常緑で、葉はツワブキなどのように、内地と比べ厚いような気がする。

伊豆七島の代表的山菜「アシタバ」→

島内で山菜っていえば、このアシタバとツワブキ。サッと切ると茎から黄色の液体が噴出す。この液体がガンに効くらしい。そのほかにもいろいろ体にいい物質が含まれているため健康食として知名度が高い。

←ヤブの中にあった石油ドラム缶

 以前、新島と式根島を繋ぐ橋を架ける話が持ち上がったが、その裏に式根島にゴミ廃棄場をつくる計画が見え隠れしたので、式根島島民の反対運動で架橋の計画は無くなったという。

まいまいず井戸→

 式根島はもともとは無人島だったらしい。新島とは陸続きだったらしく、塩をこさえていた時代も何年かあったとか。明治時代、この井戸を掘って飲料水の確保ができてから、少しずつこの近辺に人が住み着くようになってきたと案内板に書いてあった。「まいまいず」とは、カタツムリを意味するらしい。

 釜下海岸にあった露天風呂跡→

おばあちゃんが話していたとおり、かつてはこの辺でもチョット海浜を掘れば温泉が湧き出したことがうなずける。

 最終日、予定を変更して朝一番の連絡船で新島に渡った。目的は竹芝桟橋行き12時20分までの時間を利用して湯の浜露天風呂を堪能するためである。

←式根島⇔新島間の連絡船

 一日朝7:40頃・昼11:30頃・晩16:00頃と三往復就航する(時間は各自確認のこと)

湯の浜露天風呂

 ギリシャのパルテノン風建築物が、遠めにも目立つこの温泉は、ここから5分くらい離れた間々下温泉からの引き湯。昔、島で作業を請け負っていた建設会社の社長が勝手に作ったと、ある島民がいっていた。ボランティアの掃除おじぃちゃんが、毎日かかさずそうじにきてくれているらしく、とっても清潔感がある。

←東京湾に沈もうとする夕日

浦賀水道に入ってから徐行運転となり、静かに今回の旅のおわりへ近づいて行く。

《まとめ》

 幻の海中温泉は確かにある、が尋常ではなかなか近づけないことがわかった。地元の漁船又はダイビング観光用船をチャーターして海からアプローチするのが順当だろう。もちろん泳ぐ区間もあるらしいから、海水が温んでくる季節7〜9月だろうか、足ひれとライフジャケット持参で、このあたりの干潮の日を選択しなければならない。あと、極多少の可能性だが、国土地理院2500分の1地図によると、遊歩道が湾にかなり近づくところがあり、そこから斜面になって下に続くところがあるので、ここからのアプローチも捨てがたい。この場合は季節をあまり意識しないで済むので、できればこちらが可能であって欲しいと願うのである。

(1)8日・9日

 

壁紙提供:わごなの工房